メディアファクトリー出版の 機動戦士ガンダム 連邦VSジオン 攻略本から ―完成したゲームを見て、いかがでした? 「ベーシックなものは開発の段階から見せてもらっていましたので承知していました が、パッケージング後のものを初めて見た感想としては、“きちんと整理されていて わかりやすくなっている”と思いました。開発段階でガサガサしていると感じたモビ ルスーツの動きや背景との関係性についてサンドペーパーをかけたようにきれいに仕 上がっていて安心しました。  この「連邦vsジオン」はカプコンが開発したものですが、気を付けなければならない のが、いきなりカプコンが作っても、このゲームは成立させられなかっただろうとい うことです。最初バンダイ・テリトリーの開発者達が頑張って、マーケットを耕して くれたことで、ガンダムのゲームフィールドがあり、そのために今回のようなパッケ ージングができたんだろうと思っています。一開発室でヒットを出すのはとても難し いことでしょうから、この環境は有利に働いていると思います。ですからここ数年ガ ンダム関連のゲームを開発してくださったスタッフには、本当にご苦労様でしたと頭 を下げます。」 ―実際、画面上で登場人物やセリフ、イベントなどを見られていかがでした?  「それに関しては、異議があります。たとえばセリフひとつとっても何度も同じモ ノが出てきますよね。僕としては“なんでここまでオリジナルにこだわるの?”と感 じてしまいます。オリジナルであるべきという考え方はうれしいんですが、もう二十 年以上前の作品ですから、もう少し、ゲームにノるセリフの開発をしてもいいと思い ます。オリジナルの再現なんだからいいじゃないか、という人もいると思うし、デー タ量の問題もあると思うんですが…非常に嫌な言い方になるんですけど、開発はちょ っと楽してるなと感じないではありません。ゲーム開発も新しい創作物のはずなんで すから、創作に対する欲を持ってもらいたいですね。  それを解決する方法はあります。少なくともファーストガンダムに関しては、富野 というものが生きているんだから、僕のところに相談しに来てくれればいいと思いま す。使える使えないというのはさておいて、そういう用意というのはあるんです。こ れは口幅ったい言い方になるんですが、誰も富野を利用してくれなかったというのが 、ガンダム関係のゲームに関しての不満といえば不満ですね。」 ―「ここをこうしたいんですけど」ともっと監督に詰め寄って来て欲しいと?  「うん。それをしないのなら、もとから自分たちで作れ、と言いたいのです。 昔のガンダムにあるものから拾い出すことだけに目を奪われているのは、創作 行為ではありませんから。これは今回のカプコンさんの作品も含んでいますが、 モノを創意するということ全般に関しては、このやり方がNEXTを見えにくくし ているんじゃないのか、と感じます。セリフに限らず、そういう創意の部分が まだ甘いなという印象は受けました。メカニックのアレンジの問題もそうなん です。本来これはもっとアレンジされるべきものなんです。ガンダムが放映さ れた年というのは、映像論的に言ってもあの程度の創造ですんでいたのです。 けど二十年以上経っているのなら、今の時代の創意が入ってもいいのではない かと思うんです。3Dでアニメーションができるようになった、現在のメカニ ックというのがある筈です。今回の3Dモデルもセルアニメ以上にフレキシブ ルに動いてるんですが、それがメカの造形と関連して動いているのかと考えれ ば、そういうものはほとんど無視しています。見ていて気持ちがいいものでは ないですよね。3Dになって、回り込みしながら各部が動くところまで再現が できたときに、その造形をどうするかということです。わかりやすい話で言う と、ロケット噴射口、テールノズルの向きはもっと変わらなくちゃいけません。 確かに昔のメカデザインではこのゲーム程度にしか動かさなかったんですが、3 Dでモデリングをしたら、“これはおかしい!”と思ってアレンジせざるを得 ないはずなんですけどね。」 ―説得力がない、と。  「あったほうが楽しいでしょう?そういうことを何故誰もやらないんだろうって 聞くと、“ファーストガンダムはああだったじゃないですか!”と言うわけです。 でも今のものは言うならば零戦が音速を超える速度を出しているみたいなものゲー ムの動きを再現させるためのデザインはアレンジすべきです。動きを再現させるた めに、もとのデザインを損なわない程度に機能を埋め込むべきなのです。現状では、 違和感なくアレンジされたものを見せられていないから、見た人が“アニメのまん まだからこんなものか”というように納得しているだけのこと。ちゃんとアレンジ したものを見せれば納得できるはずです。それをつくってやろうというスタッフが カプコンのレベルでもいなかったというのがちょっと残念ですね。  ゲームなどインタラクティブ性のあるものについては、デザイン自体が重要にな るんでしょう?基本デザインを変えることなくそつなくやってみせる。これが3D に対する新しい創意だと思います。ただ“3Dでうごかしました”といわれても納 得しきれませんね。デジタル技術を開発しようとしている人たちは、技術論を使い こなすのに躍起になっていて、本来の意味での創意の部分に対しての厳しさが抜け 落ちているんじゃないか、と思います。もちろん開発部分における基礎学力が高い ことは承知しています。それは簡単に馬鹿にはできません。よくここまでやってく れたとも思います。 映像とかインタラクティブとか、機能は大体これでわかったと思うんです。 その次NEXTはどうなるのか、そうなったときにさっきから言っている創意 の骨幹の問題を、もう一度考えて欲しいのです。クリエイティブするって いうのはどういうことなのかと。ゲームに関しては、前々から言っている ことなのですが、あるゲームのプログラミングに則って、そこに違う画像 を貼り付けたら新しい商品になった。それが創意なのかといったら、そう ではないだろうと思うのです。そういうところにもう一度還っていい時期 が来たんじゃないかと思っています。」 ―この「連邦vsジオン」が完成する前に、富野監督はゲームを見られているという話が 出ましたが、それは珍しいことなんでしょうか? 「極度に珍しいことです。今回は総監修ということで開発の途中経過をカプコンさん から見せてもらえました。バンダイのフィールドでも、僕をいくらでも使ってくれて もいいんですけど、誰も呼びつけてくれないんです。スタッフがお前のようなオジサ ンのいうことなんて聞く暇は無いと偉ぶっているのかとも思っていたんですけど、そ うでもないみたいですね。むしろ偉ぶっているほうが良かったのかもしれません。 で、臆病なのかな、と思い至ったんです。技術系と文科系ではオリジナリティの言葉 が違うので、それが障害になっているのかもしれません。けど、この乖離がある限り 、創意工夫自体の問題には届かないと感じます。でも、マーケットを維持してくれた 部分は、お世辞でもなんでもなくありがたく思っています。ガンダムのマーケットも こうして他社の製品を受け入れられるような厚いものになってきました。もっと切磋 琢磨していけば、大きく見えてくるものがあると思うんです。せっかく自分たちが育 ててきた開発土壌なんですから、自信を持って欲しいのです。カプコンがこういうも のを作ってきたのなら、俺たちはNEXTに行くぞって思って欲しいのです。いけると思 いますよ。ガンダムフィールドは提供者側もプレイヤー側も全体的に底上げされてき ているのですから僕もお手伝いさせていただけたら嬉しいんですけど、それは無理で しょうね。本当の意味でのリアルガンダムゲームというゲーム……そうだな「ガンダム R」3Dお見せできるような、そういうものを開発したい。えっ、シミュレーション物 は売れないって?」 ―富野監督のところに創意あるゲームを作って欲しいというお話が来たらどうします?  「いや、できるわけない。ここ3年くらい考えていて出てこないんですから。何を考 えているかというと、新規なゲームのスタイル、画像を使ってやることってなんだろう ってこと。僕には正直わからない。でもね、パチンコのようなもので、もっと広いもの ってあるんじゃないかと考えてはいますけど。ギャンブルの要素が入らないと面白く ないかな……?ならリアルな画像と音の作り出す何か……というやつですね。」 ―感触までもが“遊び”になるような?  「うん。この数年ずっと考えていることがあるんです。コンピューターゲームが文化 の一翼を担うものになるなら、僕らのような物語を作り出すものに影響を及ぼすことに なるだろうし、無視してはいけないことになるんだろうと。でも、2年ぐらい前にはっ きりと思ったんです。将棋でも碁でもチェスでもなんでもいいんですが、長いゲームの 歴史の中でゲームが文化に関与したことはなかった、って。だから、“ゲームはゲーム なんだ”と。ただ絶対間違えてもらっては困るんですが、僕はゲームを貶めているわけ ではありません。文化になりえないからゲームであって、遊び事だから意味がある。だ から軽く考えてもいい。でも軽いものだからといって、名前を変えただけのもの、シス テムが変わらないものをどんどん出していいのかということになったら、それは違うと 思うんです。遊びごとというのはいろんな意味で含蓄があるんです。人間の本性が持つ スパンの中に、横をつなぐ一本の筋のような感じで存在していると思います。この軽さ をただの軽さと思ってはいけないのではないかと。今こういう話をするのは初めてなん ですが、話をしてみて分かったことがあります。最近新しい作品が出てこないという話 があるでしょう?あれってたぶんゲームをなめてるんだと感じてます。本来新しい形態 のゲームというのは、企業が経営していけるような「消費」が喚起されるものではない 創作物なんだと思います。つまりキャラクターを変えただけのものや、ハードが変わっ て売れるゲームというのは“新しい商品”ではあっても、“新しいゲーム”ではないの でしょう。」 ―ガンダムをやられていたころは文化を担っているという感覚はありましたか?  「いや、仕事に対応していただけです。言ってしまえばおもちゃ屋の番宣だった。 でも“だから何も出来ない”と思うのか、“条件さえ満たせば何をやってもいいん じゃないか”と思いつくかだけの差。それは意識しました。僕はどうやら時代を先 取りしすぎていたらしくてたとえば中学生のとき、全校生徒の前で研究発表する機 会があって、僕は宇宙旅行のやり方なんて言うものを発表したんです。47年前に。 が、話してる間、どうも反応がないなと先生のほうを見たら、“富野君は何を言って いるんだ?”という顔で見られていましたね。そういうことが好きで、夜な夜な三段 ロケットの三面図を引いたりした三年間があったおかげで、ガンダムをやる際には、 月までの空間的なデータが頭に入っていました。その目でシナリオを見ると、こんな 嘘のアニメをやっちゃいけない、と思って、全部直していたんです。素人レベルの宇 宙学は分かっていたので、そりゃガンダムぐらいの宇宙感覚は作れます。今は“好き” だけでやっている人が多いのですが、その中に何か他のインテリジェンスを持ち込め ないのなら、企画制作というのは出来ないのだということを知って欲しいのです。  ゲームでも天才といわれている人たちが最初からゲームだけが好きだったわけでは ないでしょう。任天堂の宮本さんの世代だって、彼らがティーネイジャーのころには、 今のようなゲームは無かったわけです。コンピューターゲームを知ってから入ってく るスタッフがもろいという話を聞きますが、それは、もうひとつのインテリジェンス を持ち得ていないからではないかと思います。  一方で、ゲームプレイヤーに対して思うことは、次々と新しいゲームをやって捨て ていく消費者になっているところ。それがプレイヤーにとって楽しいことなんでしょ うか。もっと大事にされていいゲームがあっていいと思います。 僕のようにゲームに慣れてない人間でも、生まれたはじめて触れたゲームが「パズル ボブル」だったんですが、夫婦そろっていまだにそれをやり続けています。ああいう のってリハビリ効果もあるんですよ。ゲームってそういう在り所もあるわけだから、 そこまで視野に入れて考えてもいいのではないかと思います。僕はゲーム論は分かっ ていないんですが、死ぬまでにゲームを一本ぐらいは開発したいとかそういうチーム に関わりたいなとも思いますね。当たり前にあっていいようなゲームを。インタラクテ ィブ性っていうのは画像との対話だから、教育とかのテーマになると辛気臭い話にな っちゃうんだけど、ゲームの中の地平の彼方に行く間に、たとえば動物園が覚えられる 仕掛けがあってもいいし、京都の都はこうだった、みたいな画像をもらってきて使って みてもいい。現在は、ちょっと権利関係が先に立ちすぎてしまっていて、みんなで押し 黙っているような気もします。今日のように、ソフトを開発しているような人たちから どんどん話をしてくれて、垣根を下げてくれればいいな、というのが僕のたわごとです(笑)。」