ブレンパワード スパイラルブック より ── 監督は『ブレンパワード』制作にあたって、    ロボットアニメではない、ということを言われたそうですが、    改めてそれを言われた理由というのはなんだったんでしょう。    まずそこからうかがいたいと思います。 富野 改めてでもなんでもなくて、元々ものを作ることというのは、    前例を踏襲するもんじゃないとは思ってます。    だけど、『ブレンパワード』を始めるまでの15年間ぐらいは、    創作活動をやってなかった。    そう自己認識しないと、これ以後ものは作れないし、    このままフェイドアウトして死んでいくだろうと自覚したんです。    『ガンダム』のような長期のシリーズにのって、    自分のものを作るっていう衝動というものを減速させてしまっていた。    その自覚があったところで、改めてという言葉を使わざるを得なかったところが    悔しいところなんです。    これは、アニメ業界全体にいえることで、    テクニックは上がったんだけれども縮小再生産ばかりで、    物語を作るとか、アニメとか映画の記号で語るべきもの、    見せるべきものはなんなのかっていうことを    きちんとやってるふうには思えない。    どうもこの15年間に、全体が沈んでたんじゃないかという気がして    仕方がありません。 ── 『ブレンパワード』の宣伝コピー    「頼まれなくたって生きてやる」は、監督自身の作ですよね。    『もののけ姫』を意識していることが伝わってきましたが。 富野 『エヴァンゲリオン』と『もののけ姫』が、97年に発表されて、    日本のアニメのいい区切りになったと思えたんです。    その翌年に1度、作品を形にしておかないと『エヴァ』と『もののけ』が    ずっと続くんじゃないのか、それはさせたくない、というのがありました。    ですから『ブレン』はその2つに対しての回答とかなんとかではなく、    現象を受けて僕が急いで作ったものなんだということに関しては、    いわれてもしょうがないですね。    2作品を僕が知らずに『ブレン』を作ったということは、    これは口が曲がっても言えません。    けれど企画の骨格とかストーリーの半分ぐらいは、    あの2作品を観る前に創っておいて良かったと思っています。    全部創るのを2作品を観てからやっていたのでは、    もっとひどいものになっていたでしょうね。影響されすぎて。    とにかくあの時期で一度、幕を引く必要があったと思った。    それはキャリア論として思ったんです。    そうは言っても『ブレン』はご存知の通り、視聴率的にも、    作品的にも成功しなかったと思ってます。    では、無価値な作品かといえば、そうではなくて、    わけの分かんないのだけれど何かを作ろうとしてると指摘してる文章に出会って、    ああ、やってみて良かったんじゃないのかなと思いました。    少なくとも『ブレン』的なものは、    うーん……もう1、2度チャレンジする意味はあるだろうなと思えたし、    そこから出てくるものの作り方っていうのもありそうで、    むだではなかったと思っています。 ── オーガニック・マシンというアイデアが特徴的で、    設定とテーマのリンクが興味深かったんですが。 富野 「これまでのメカとは違う造型っていうのがあるのではないか」    と思ったとき、僕に一つだけあったヒントは『ダンバイン』だったんです。    オーラバトラー(『ダンバイン』に登場する人型メカの総称)をやったときと    系譜的には似てると思ったし、2、3本目のコンテを切ってるときに    『ブレン』のアンチボディは、これこそオーラバトラーで    一番やろうとしてたことだったとわかったんです。    それが2、3本フィルムを作るまで僕自身が気がついてなかったっていう    粗忽さっていうか、迂闊さはちょっと問題ですね。    ですから『ブレン』の最大の問題は、そのオーガニック・マシンという概念を、    スタッフの中に定着させるところまでいかなかったことです。    それから、永野護がオーガニック・マシンのありように対して    意義申し立てをしたんですが、僕がそれを承知しながらも    永野デザインを採用し続けていったこともあったし、    オーラバトラーに近いかもしれないアンチボディ、    本来的な意味でいうオーガニック・マシンを画面上に    完成させられなかったということもあります。    そういうことが決定的に表現の上の致命傷となって現れているんです。    それで物語性が極度に伝わらない作り方になってしまいました。    ただ、もう永野君ではなく無理に他の人だったらどうなるかといえば、    もう『ダンバイン』になっちゃうだろうと。    それも嫌ですから、永野デザインでいったのです。    ルックスとしてはああいうふうに見えるんだけれども、    オーガニック・マシンの話というのを僕はやっていきたいんだよ、    ということが僕にとっての『ブレンパワード』なんです。    ですから基本的に完成もしませんでしたし、    いわゆる唾つけただけで終わってしまった。    それが僕の中にある『ブレンパワード』です。 ── とはおっしゃいますが、監督の作風を大きくわけて    “クライシス”と“ドタバタみたいなもの”に分けたとき    『ブレンパワード』はその二つを上手い具合に    エンターテインメントというフィールドでのせようとしているのが、    これまでの作品以上に明確に感じられたんです。    そして後半は、上手くいったところもあると思っているんですが。 富野 それは勿論目指してはいたんだけど、それがこちらが思っているほど    上手くいかなかったのは、作り方の意識としてその辺がはっきりした形で……    ごめんね、こういう言葉しか思いつかないんだ、    アウフヘーベン(二つの矛盾・対立する概念を合わせて、    より高次の概念に統合・発展させること)してなかったということなんです。    後半も、僕の思いには近づいちゃいませんもの。    あんなもんじゃダメだっていう方が強い……。    じゃあ、その、あんなもんじゃダメだっていうものを    お前は作って見せたのかといわれれば、そうではないとも言えるんです。    要するに手習いで『鉄腕アトム』から『ザンボット3』『ダイターン3』までの    歴史をやったんで、ようやくやれやれと思えたから    『∀ガンダム』にかかれたという手順でわかるとおり、    創作っていうのはチャレンジの連続ですから、『ブレン』は    次の『ブレン』のために創ったと思ってしまう自分が、今ここにいるのです。    だから、1クール終わってからですね。少しわかってきて。    最終回見たときに「ああこうだったら始めから言ってくださいよ」    っていう自覚があってね。始め分かんなかったよって(笑)。    ただ僕も、なんとなくコンテではやってはいるんだけれども、    その意味説明っていうのをできなかった。    それからできなかっただけじゃなくて、僕はもう一つ悪い癖がありまして、    パッと見せて分からなければそれは表現として完成されてないんだから、    説明してもしょうがないなっていつも思っちゃう人間なんですよ。    だから、お前ら分かれっていう気が本当にないんです。    それは20年前の『ファースト・ガンダム』の時もそうでした。    全部分かれというふうにして強要はしてません。    だから、そのあたりがディレクターとして、作り手として、    なんていうのかな……自分ではかなり我が強いつもりでいたんだけれども、    作り手としての業っていうのは、僕はかなり希薄ですね。 ── 監督は以前から自分のフィルムがゴツゴツしている、    他人の手が入ればもっとマイルドになるんではないかと    おっしゃっています。    今回、作劇についてはかなりライター陣に任せられたそうですが、    それはどうでしたか。 富野 最大公約数でいえば、うまくいったんじゃないですか。    だから、本当にそれは良かったと思っています。    けれども、そのあたりで、まさにこの15年で現場に入ってきて    仕事を始めた人たちの持っている要素、物語をプライベートなものに    捉えすぎてる、というところは感じます。    それは本来、表現者として    大衆に向けて表現する言葉ではないんじゃないのか、と感じました。    僕自身だってどこまでわかっているのか、わかりませんけれども……。    ただ、『ブレン』のときには、句読点を打つんだ打つんだといいながら、    やっぱり時代が顔を覗かせているという部分があります。    だから今にして思うのは、悔しいなということですね。    時代の気分はかなりメンタルな部分まで支配する、    というのを今回つくづく感じてます。    それは『∀』をやってなければわからないことでもありました。    だから『ブレンパワード』は、『∀』から見たときに    「プレ・ガンダム」の作業をやったんだけれども、    『∀』をやってみて思えるのは、やはりプレではなくて、    まだプレ以前だったかなと思っています。    そういうステップを順々に踏まないと、    天才が集まって作ってるわけじゃありませんから、    ものを創るのって手間がかかるっていうのが今の実感です。 ── 当初は映画版の企画だったわけですが、    企画書を拝見すると『ブレンパワード』というより、    かつての富野作品に近い感じがしました。    これは、いつぐらいから最終的な完成図のほうへシフトしていったんでしょう。 富野 うん。やっぱり変わりましたよね。    それで、映画版でやってるときに    基本的にモビルスーツの臭いが抜けてないんですよ。    それを抜いてく作業というのは、それこそ頭じゃなくて体に染みついている、    僕の場合、やっぱり20年、もう、モビルスーツ漬けなわけですから、    それは抜けようがないですよね。    だから、作って見つけてくしかないっていうことで、    やっぱり体を動かさなければ、身に付くものって身に付きません。 ── そういうことは、映画版の企画を錬っているときから    感じていたんでしょうか? 富野 いや、終わってみないと分かりません。    そのときそのときの限界でやってますから。    そういうことで言うと、企画の段階っていうのは    全部吐き出すぐらいのつもりでやってるはずですから、    それは気がつきません。    それで、後になって気がついたときに、    その落差のリーチが自分で読めるようになるんです。    わかるだけの表現をテレビ版を製作してるときにやらない限り、    その距離っていうのは取れません。    だから、ものは作り続けなくちゃいけないんじゃないのかな    っていうのは感じましたね。    ものを作り続けなくいちゃいけないっていうのは、    すごく阿漕な商売だとは思います。    でもこの間、たまたま『サバイビング・ピカソ』っていう映画を    WOWOWでチラッと見て思ったし、それを見ながら   『アマデウス』のことも思い出したんです。    ピカソやモーツァルトの創作活動を想像すると、    順々に手直しするなんていうことじゃなくて、ずーっと継続してて、    こういうふうに、こういうふうに行くっていう感じっていうのは、    あの天才にしてからそうなんだから、    凡才は天才以上にやり続けるしかないって思うんです。    それで、なにかいいことが起こるっていうフロック的なものっていうのは、    ふつうの人は一生の内に一つあれば御の字で、    おおむねそれはないはずですよね。    ですから作り続けるしかない。    作り続けていって初めて、その落差っていうのがわかるわけですよ。    で、そうなったときに、ああ、前よりは良くなった。    悪くなったっていうのが見えてくるわけです。    だから、ピカソも「青の時代」までのピカソと    それ以後のピカソみたいなものも、    それ以後が見えたときに初めて前のものもわかるわけです。    そうじゃなければ「青の時代」のままのピカソで行って、    なんかちょっと崩れたかな、でお終いになった作家かも知れないっていうのが、    作り続けない作家に押される判定になりますよね。 ── 継続して制作する重要性は、『ブレンパワード』で苦労したから    『∀』は楽しく作業ができると、スタッフの方の話から感じられました。 富野 それはあります。    それからもっと重要なことでいうと、勘がありましたね。    『∀』をやるためには、前に一本作らなければ絶対に作れないっていう    明解な勘がありました。    ですから『ブレン』のときから必死でした。    その部分だけはまさにキャリアが読みとった手順でしょうね。    ふつうはこの手順は読みとれないでしょう。    だから、3年前から『次のガンダム』やるんだったら    新作一度やっておかないと絶対に作れないっていうのだけは、    プロダクションにも言ってきたのです。 ── すると『ブレンパワード』らしさが、明確にフィルムに定着された、    と感じられたのは、どんな部分なんでしょうか。 富野 一カ所しかないんです。    その一カ所が実は一番作画がひどかった6、7話   (双子のアンチボディ、ブレンチャイルドが登場するエピソード)なんですよ。    双子のあそこを触ったときに、全部分ったっていうのがあったんだけれども、    結局そこが製作的に一番落ち込んじゃったんで、    なんていうか、片鱗があったはずなのが見えなくなっちゃったんですね。    だけど、あの物語ラインを引っ張ってるときに、    かなり『ブレンパワード」的なるものっていうのは……    簡単に言うからこういう言葉になるのかも知れないけれども……    豊穣な物語が作れるなとは思いました。    スケーティングの話(18話のネリー・ブレン)で言うと、    シリーズの中で落としどころを見つけなくちゃいけないからっていうんで    急いだっていうことのほうが大きくて、    戯作者としてはあまり感心したことではないっていうのがあります。    ただ、これははっきりいって欲です。    だから、スケーティングは好きですよ。    だけど、好きだけどちょっと手前味噌だなっていう感覚は残っています。    つまりね、ネリー・ブレンが出てくる以後のところから    回想が多くなってくあたりが、作り手の心の中、心性の部分で作られていて、    実を言うとちょっと困ったな、と感触しかないんです。    でも「もうちょっとシャープにカラッといかなきゃいけない」「嫌だ」    っていうのを僕の立場から、意義申し立てできなかったのです。    というのは、まだ基本的に、僕自身が元々持ってる物語性を    俯瞰していくという力がなかったために、    それを容認せざるを得なかったのです。 ── トマトが物語の最初と最後に非常に印象的に登場します。    そこに監督の思い入れがあったんでしょうか。 富野 それに関して言うと、その発想は僕の発想じゃなくて他のスタッフの発想です。    だれが言いだしたのかよく分からないんだけれど。    僕はトマトは嫌だなというふうには思ってましたから。    あまりにも安易過ぎるからです。    ただ、若い連中を含めて認めてるのは、分かりやすいんだからしょうがないな、    トマトでいこうという納得の仕方をしています。    本当はもし僕だったら、本当に僕が言い出してたら、ゴボウにしましたね。 ── (笑)なんですか、それ。 富野 一見、木の根っこみたいに見えるけれど、食い物だ。 ── ああ、なるほど。 富野 それで、土の中で育っていく。    それを食わなくちゃいけないっていう構造を大事にしたい。    ただ、問題なのは、ゴボウにしたらきっとエンディングが……(笑)。    地面の中に埋まってるゴボウのアップから、カメラ、パンアップしたって、    そんなことできねえよっていう(笑)。    だから、トマトはあくまでもサインとして起用したっていうだけのことです。    表現上、執着してないからあんなもんになっちゃったんです。    もうちょっとトマトに惚れてればああじゃなかったでしょうね。 ── 惚れてる、といえば、企画当初から、いのまたむつみさんが    キャラクターを描かれているわけですが、    監督は目の大きなキャラクターは苦手だとか。 富野 苦手じゃなくて、大っ嫌いです(笑) ── では、どうしていのまたさんだったんでしょうか? 富野 やはりこの30年、40年のマンガとかコミックの世界、    アニメの世界が育てちゃった、記号の問題なんですよ。    それとは別に、企業の認識論というのは基本的に、    いのまた的なあのキャラクターを、今、みんなが慣れてるし、    それを求めてるから、これは容認せざるを得ないということ認めました。    なんで目をこんなに大きく描くのかっていう問題を、    ある時期、徹底的に考えたことがあるんです。    いのまたさんだけではなく、全マンガ、    このテの絵を描く人の全部の人の心理の最大公約数って    一体なんなんだろうなっていうことが分かったんです。    きっとそれは正しい。    社会がカプセル化し、エゴの増大まで含めて認めるようになっていったときに、    現実生活の中で、みんな対人関係が下手になっていったんです。    僕も下手ですけどね。    しかしだからといって、人間っていうのは一人でいられないですよ。    いつも自分を見てもらってる目が欲しいんです。    つまり、目を大きくしたのは、いつも他人に見てもらいたいからです。    それは読者も描き手もそうです。    これだけ大きな目を欲しがっているなら、    要するに「お前、外に出ていって、ヌードになって歩きなさい。    本当はそれがしたいんでしょう。しなさいよ」っていう感じです。    もしそれができないなら、そこまで行けないところでの、    人間関係、広い人間関係を獲得するように    外に出ればいいじゃないって言ったときに、それはできない。    だから目を使うんです。    こういうものが流行っちゃうっていう社会っていうのは、    かなり不幸なんです。    これはマンガの問題ではありません。    ですから、いのまたキャラクターは求められていると認識しています。 ── そうすると『ブレン』の狙っていたテーマと    ベクトルがちょっと違う個性っていうことになりますよね。 富野 違います。そんなことはありません。    今いった時代性も含めた人の問題をテーマにしたのですから、    いのまたキャラクターは邪魔ではありませんでしたし、    僕は好きですね、いのまたさんの力量は。    だけど困ったことなんだけど、手法として使わざるを得ないのと、    それから、今目の大きいキャラクター欲しがっている人を    叱ってもしょうがないという現実に直面はしています。    が、そこから軌道修正していくには、    社会構造と社会認識論が変わらなくちゃしょうがないことなんです。    これは一監督とか一絵描きとか一作品で怒鳴ったってしょうがないことです。    でも、これは50年かけてでも元に戻したいとは思っています。    ところで、今の目の大きさの話に関して、    対極にあるいい例をご存知ですか? とってもいい例。 ── 対極にある……? 富野 『源氏物語』の絵巻物ってあるでしょう。    みんな切れ目で細いでしょう。小さいでしょう。    あの頃の人たちは、絵で大きな目なんて要求しなかったという証拠です。    人の関係が極度に濃密でなければ、    あの顔が美人だなんて口が曲がっても言えないけれど、    あの絵巻の女性はみんな美人ということになっています。    それは、なぜかと言えば、絵で求めてないんです。    当時は、目を見るっていうのは現物の目を、    こういうふうに向かい合って、この距離で見ていることに    人々が慣れているんです。    庶民も貴族も、身近な視線をいつも獲得できるだけの    人間関係があったということです。    だから、現在の編集者で、    目をでかく描けっていうことを要求する人がいたとしたら、    商売のことしか考えてない奴か、じつは寂しい人かのどっちかなんですよ。 ── 今回、スタッフが守るべき演出五カ条があったと聞いたんですが。    (演出チェックの5原則と書かれた文書で「死に体のポーズは禁止」    「アップ気味よりヒキ気味で」「カメラ位置はアオリが原則」    「つまったレイアウトではなく、距離感を」    「固定したポーズから動かさない」という内容だった) 富野 あれは、別に特別なものではないんです。    基本的な原理原則でしかありませんから、五カ条にもなりません。    それが五カ条になってしまうっていうのは、基礎学力のない人が集まって、    この15年間、ものが作られ続けた現実があります。    それは若い人だけじゃなく、僕自身も含めた僕の世代、僕の上もそうです。    映画界が衰える中で、映画的なる技法を    衰えさせるというようなことをしてしまいました。    映画っていうのは、見えるものだから、    要するに自分の感性で勝手に作っていいじゃないかっていう歴史を    やってきたんです。    そのため本来的な意味の映像作家が育たなかった。    アニメというジャンルではそれがもっと端的に現れてたので、    ああいう映像表現から技法を身につけてもらおうと考えたのです。    映像を作るのは感覚が第一だなんて、    社会全体が認知しちゃってるっていうあたりは、    映像文化に対してひどい国だなと思います。 ── 映画を構成する原理原則がないがしろになっていると 富野 アニメや映画を作ろうという、特に日本人に関して言ったとき、    映像作品の機能というのを基本的に知らなさすぎるんです。    だから、ドラマの流れという以前に、    映像の流れのコンストラクションというものを……    なんていうか……感性で作れるものだというふうに思いすぎているんです。    ところが、コンテを切っていくという段階は、    じつは楽譜を書いているという作業でしかないんですよ。    で、作画は、今度は楽譜を清書していくっていう作業でしかない。    そして、最終的にそれが作品というふうに出るためには、    ビデオなりフィルムなりにしたものを走らせない限り絶対に、    絶対に分からないんです。    それで、走らせたときに初めて、    「エッ!、こういうふうに見せられるからこういうふうに見えるんだ」    っていうことがわかる、その見え方そのものがドラマを既に含んでいて、    それでドラマの大半は描けるんです。    でも、これを映画作法で説明しようとしたとき、    恐るべきことに、古今東西、ほとんどそう書いたマニュアルがないんです。    コンテまでは完全に楽譜です。それも手書きの楽譜です。    そのコンテが読めない限り、絶対にフィルムっていうのは分かんない。    そして、コンテが読めるとだいたいフィルムの仕上がりが分かる。    つまり、楽譜が読めなければ、紙屑以下でしょう。    だけど、読める人はパッと読んでハイッと納得できる。    たとえば菅野よう子は楽譜が分かるわけ。悔しいけど(笑)。    それとね、コンテって形がマンガに似てるために、    マンガみたいに読めないといけないとか、    あるいはマンガみたいに描けば済むと思ってるっていう人がほとんどでしょう。    だから、それが映像作品を作ることをものすごく間違わせているんです。    そして一方では、今度はシナリオ重視に傾いて、    シナリオで面白ければいいとなる。    けれど、これも嘘です。    日本では、かつて文芸映画と言われる作品もあって、    むしろ文芸的な物語のラインの部分が良ければ、    芸術的っていうふうな観念がありました。    そこでは映像作品という概念はないんですよ。    だけど、映像作品っていうのは厳然として固有の文化なわけで、    つまり、コンテをどういうふうに理解しているか……    楽譜の例えで言うなら、楽譜を見て演奏するところまでの    リーチを想像できる奴でないと、映像作品を監督してはいけない、    とはっきり規定できる。    こういうふうに口にした人は、とにかく世界で5人といないはずです。    本当、恐ろしいんですよ。現実は。 ── 監督は以前、ムックの中で、コンテの読み方について書かれていますが。 富野 いや、あんなもんじゃなくて、    そろそろ、ちゃんとしたテキスト書かなきゃいけないな    っていうところまで来ました。    というのはね、監督術を教えたいとか演出術を教えたいんじゃないんです。    もっと重要なことでして、今言った通り、映像を知らなくていけないのは、    映像作品に出資する側もそうなんです。    シナリオで判定してるっていうことで全部止まってるわけです。    その後の評価論がないために、じつは社会全体が映像、    俗に言う映像作家とか監督とか演出家を育てる機能を    全く持ってないっていうのが、われわれの社会なんです。    じゃあ、ハリウッドの人が利口なのかっていえば、    利口だなんて思っちゃいません。    ハリウッドの出資者側が、コンテが読める奴はいません。    だけど、ハリウッドというブランドと、    たまたま百人スタッフが集まったときに、    何人かちゃんとフィルムになることを予見できる奴がいるから、    なんとかカツカツにやってるだけなんです。    それは1カ所にあれだけいろんな種類の才能が集まりゃ、    それは当たる確率高いですよ。    そうしたことを伝える暇がなかったのと、    これは僕のような映画界に入れなくて、    テレビアニメでお茶を濁してた人間にしてみれば、    生活していくことが精一杯だっていう、本当のエクスキューズがあるわけです。    若い奴らに仕事取られてたまるかっていうことで今日まで来ましたから。    だからフィルム見れば原理原則は守ってるんだから、    それを見てくれればいいのにと言いたかったんです。    しかし、こうやって地上波でない電波、チャンネルが増えて、    昔のフィルムを嫌でも見るようになったときに自分でもあきれるのは、    俺も下手だった(笑)。    だからそれは伝わるわけはないっていうのも分かりましたんで、    教えるとか教えないとかじゃなくて、はっきり分かってることぐらいは    言葉にして残しておかなくちゃいけないって思うようになりました。    やっぱり、年寄りの任務だろうなと。    年寄りなりキャリアという部分での話をさせてもらうのは、ここだけです。    そのことと、ものを作ることは全然違うことですけど……。 ── その映画についてですが、監督は映画はエンターテインメントであるべきだと、    以前からおっしゃっていますよね。    そういう意味で『ブレンパワード』は、ここ15年間の監督作品の中でも、    明確にその方向へ歩いている感じがしたのですが。 富野 本当にそう思える? だったらありがたいな。助かる。 ── 2度目に見るとすごくよく分かるんです。    分かりにくく見えるだけですごくシンプルな話だし。    つまり、泣いて笑って喧嘩してじゃないけれど……。 富野 全くそうです。 ── そういうお話なんだっていうのが分った途端に、    こちらもロボットものを見る側の習い性が    ボロボロはがれ落ちるような感じがあったんで。    そういう意味で面白かったです。 富野 いや、本当にそう言って頂けたらありがたいですね。    『ブレンパワード』をカルトって言われたことに関して、    本当にカッともしたんだけれども。    カッともしながら、そうだよね、これだけ分かりにくかったら    カルトだよねって……(笑)。そう了解もする。    了解もするから、それで本当にこの2年ぐらい「芸能」っていうことを    僕の中できちんと取り込むように努力してるつもりなんです。    だから、映像の芸能っていうのは有り得るはずなんだ。    そういうふうに思えるようになりました。    今の若い人たちは本当にご存知ないんだろうけれど、    松竹ヌーヴェルヴァーグ(大島渚、篠田正浩、吉田善重らのデビューにより    60年代に生まれた日本映画の新しい波)、    そんなのは映画じゃねえよっていうところに、    僕としては言葉を戻していきたいんです。    基本的にエンターテインメントであるための、    つまり、構造なり、それからなによりも作り手の心の軽さみたいなものは    持っていきたいなっていうことを『ブレン』ではかなり意識した。    それでも、一つ、そうは言ってもインテリの私小説的な部分を    引っ張ってるっていうのはなんなんだろうかっていう疑問はあります。    どうも今の20代後半から30代のような人たちでも、    映画を作るということはどこかで、先に芸術っていう言葉が    頭に浮かんでるんじゃないかっていう気がしてしょうがないんですよ。    作るんだったら私のことを分かって欲しいとか、    作るんだったら俺の作り手の気持ちを分かれよっていう部分がありすぎて、    見てもらって楽しむ、楽しませるっていう一番原理原則を言葉としてとか    認識として排除してるような気がしてしょうがないんです。    それには一番適切な媒体として、    小説とか評論とかっていうレベルがあるじゃないか。    だから、映画とかテレビでやる、つまり、ビジュアルのものっていうのは、    もっとエンターテインメントでいいと思っているんです。    だけど、それは嘘ですよっていう言い方もあるわけです。    ピカソだって、ダダイズムだってそうですし、    シュールレアリスムもそうなんだけど、視覚的なものでも哲学的ななもの、    心性をそのまま表現できるものがあるじゃないか、と。    確かに、絵画はそうなんです。    しかし、映画は、鑑賞する側が決定的に現実の時間軸の中に乗っているところで    見せるものですから、絵画のような心性描写、心情の吐露、    それから心理面での、つまり、精神鑑定をするときの素材には    映像はそぐわないと思うのです。    もっと機能的で、矛盾した言葉を使いますと……    ものすごくデジタルなんですよ。    デジタルなものを時間軸に乗っけてエンターテインメントやるとしたときに、    さっき言った「芸能」をやるしかないのではないかと思うようになったのです。    こんな言い方したの初めてなんだけれども、    こういう言葉を持たないで映画を作るとか映像いじるのやめて欲しいのです。    そうでなかったらコンピューターゲームの映像を作ってるだけで    我慢してくれって言いたいですね。 ── デジタルっていうのは、つまり、一定の刺激の与え方をすると、    観客に一定の心理効果を起こせる、そういう関係ということですよね。 富野 はい、そういう関係性での「デジタル」でしかありません。    『時計じかけのオレンジ』みたいに、多少シンボリックに    その部分描いてる作品もあるわけですが、    ああいう時間軸にのっとったところでの心理感っていうのは、    つまり人間を楽しませようと思ったときに、    そこはやっぱり芸能しかないんじゃないんでしょうか。    だから、芸能の中にはエロチックな部分も含んでますから。    映画志望者ってその芸能を一括りにしないで、    分けたり芸能の部分を嫌ってるっていう気がしてしょうがないんです。    それは僕自身も学生時代そうだったっていうのがあるからよく分かるんですよ。    ただそれを30歳、40歳すぎても引っ張っててもらっちゃ困るんです。    僕の同世代の人間、特に映画志望者、映画青年の中にそれは多いですね。    それはなんなんだろうと考えると、映画芸術という言葉を使ったための誤解が    すごく大きいような気がしています。 ── その辺、結構難しい問題があると思うんです。    日本映画は明らかに、そういう芸能的なものがすっぽり抜け落ちたけど、    いわゆる芸術的なレベルは高いと思うんです。    その半面、芸能という部分が全然産業として成り立たなくなった。    ところがアメリカ映画の芸能化というか、    それこそ雛に餌を与えてるようなやり方も、いきすぎなんじゃないかと。 富野 アハハハハ、ひどい言い方。それ、カットしないで下さいね。    あのね、それは行き過ぎですよ。    行き過ぎなんだけれども、最大公約数を取って、    オープン・エンターテインメントの機能を使ったときに、    「このくらいやっとかなかったら百万の客は取れないぞ」    っていう恐怖感がかなり支配してるんじゃないのかな。    それと、資本家ですね。    資本家の論理が入ってると思う。    投下した資本に対して、ペイは絶対よこせよという恫喝があって。    昔の絶対階級差ある中での王侯貴族の芸術家に対する    寛容なスポンサーでなくなっちゃってるっていうところが、    キリキリしたものを作り続けさせてますね。    資本家たちが芸能を汚染させてるという部分は感じます。    これは、中間管理層には分かってもらえないと思う。    トップの出資家は分かってるでしょうね。    トップの人々がそんなにさもしい人間ばっかり揃ってると思えないんで。    年収が十億単位で稼いでるような人たちが、    それほどさもしいとは思えないんですよ。    といったときに、その間でシステムを稼動させたり、    責任があるといったことが順々にかかって濾過されていくと、    末端に責任だけがドンッとくるっていうのがあるんでしょう。    だからアクションがどうだの、裸のシーンがこうだの、    ここはあと1分増やせ、こうなら1分増やせというようなことを言う。    それは芸能を作るということとは全然違う心を育ててるんですよね。 ── すると、ハリウッド的な落とし穴に入らないところで、    監督は芸能をやりたいと願ってる。 富野 やりたいと思うと同時に、やらなければ……病人が増えるだけです。    やはりきちんと芸能、つまりお祭りを年に三回なら三回ちゃんと仕切るぜ、    という生活をしている生活者と、なんだかなあ、    だったらこちらでゲームやってるほうがいいやっていうメンタルは、    僕はかなり違うと思います。    その「なんだかなあ」ってゲームやってる心性に添う作品だけを    提供していったらどうなります?    だから、オープン・エンターテインメントという言い方の側面というのは、    1人で楽しんでいるよりもみんなで楽しんだときのカタルシスっていうのは、    僕はかなり深いと思っています。    で、カタルシスが深いだけじゃなく、    それで自分が一つのコミュニティの成員だっていう    安心感を得ることもできる。    そうでなかったら人間がお祭りというシーンに集まらないはずなんですよね。    もちろん、個は尊重しなければならないけれど、    それイコール芸能の拒否にまで繋がっていったり、    あるいは逆に個室の人々に500万枚売れればいいんだっていうところに    突き進んでいったとき、それはどちらも芸能論は一切なくなってしまいます。    それで進んだ社会が健全になりうるかと考えれば、そうはなり得ないと思います。    だから、ソフトビジネスだって本気で言ってるんだったら、    ソフトっていうのはそういうものにしばられない、    なにかもう少し大きな、    緩やかな中で遊ばされるものではないのではないのかと思います。 ── その芸能というのを、もう少し詳しく説明していただけますか? 富野 芸能っていうのは、僕は基本的にストリップだと思ってます。    つまり、そのくらい、言っちゃえば健やかなもの。    つまり、これはとても重要な要素があるんですよ。    これは本当に若い人は考え違いしないで欲しいんだけれど、    たとえばお毛々丸出しのオネエチャンを見るにしても、    あなたたちって病人の体を見る気しますかっていうことなんです。    つまり、ストリップの決定的に重要なことは健康であるということです。    これを抜きにして、セクシャリティとか、    裸を見せるということは考えて欲しくない。    そうすると、ストリップというのは、健康であるということに対して、    「オオッ、いいじゃねえか」っていう気分が基本なわけです。    芸能っていうのはどういうことかって、    やっぱり……ああ、嫌な言い方だけど……健康の賛歌だね(笑)。    「私、今、調子いいのよねえ。私が調子いいの見たら、    みんなも気持ちいいでしょう」    「うーん、いいねえ。オネエチャン。股開けーっ」    そのときにコンコンコンって咳されたらさ、みんなで白けるよね。    芸能の基本構造っていうのはここにあって、    そこには人間のつながりが確認されるんです。    子供がキレるキレないという話にしても、認識論では歯止めなんかかからない。    そんなインテリのゲームにはついていけない。    だったら、お祭りやれ。    お祭りやるっていうことの重要なことは、    さっきの健康の賛歌っていうこともあるし、    十代のセックス的な欲望なんかも全部吐き出せる。    御神輿マニアの発言っていうのを聞いて、感動しましたもん。    「布一枚でねって。女のケツにね、チンチンこすりつけられる。    こんないいときはない」って。    そうかーっ。了解!(一同笑)。    それで、殺しにもならなけりゃ売春もしてねえ。    こんないいことはない。    あの乳は良かったっていって、そういう部分で発散することは、    犯罪の喚起にはならないんですよ。    それともう一つ、今度は実際に、特に季節の変動の激しい    日本みたいな風土の衣食住を考えたとき、    冬が越せたことでみんな喜べると思えるのは、    これも病気の賛歌じゃないんですよね。    基本的に健康を支えあえるっていうことに対して、    確認しあってるのが芸能の本位なんです。    食料が物量的にこれで冬越せる。    OK、じゃあ、これでみんなで順々に分けて、    それこそカプセルの中に入って暮らすようだったらどうなります?    暮らせないでしょう。    秋の収穫が始まった。    「おーし。みんな行けよ」というふうに、一応神様に御礼参りやって、    それから酒くらって大騒ぎして、そのうちに    「ちょっと、春には子どもが生まれそうなのよね」    って言ったとき、春に生まれるのは、    めでたいっていう話になるじゃないですか。 ── すると、父性が物語の軸になることが多かった富野監督の作品の中、    『ブレンパワード』では女性や母親の役割が大きかった理由が    分かってきました。 富野 僕は男の中には芸能は基本的にないと思います。    男の中にある芸能的なものっていうのは、    それが理念にまでいったときに初めて芸能として    告知されるんじゃないでしょうか。    能とか歌舞伎です。あれは理念なんですよ。    お祭りでやってるほど簡単な宗教的な心性に則った芸事ではなくて、    観念論的なものを昇華していったとき、    芸能や芸っていうのはこうであるべきだ、    道を究めるっていうのはこうであるよ、    というふうに突き詰めた理念のものであって、    あれは芸能ではないんです。    男っていうのはそっちに行っちゃうんです。    芸能っていう言葉とか意味性の持ってる柔らかさっていうのは、    僕は母性的なものだというふうに思ってるんです。    男っていうのは基本的に外に出て戦う動物なんです。    つまり、メスと子どもを、子どもという自分の次のものを守るために    外で戦って死んでいく存在ですから。 ── 芸能というのは、エンターテインメントよりも    もっと原初的なものなわけですね。 富野 芸能の構造っていうのはそうだと思います。    われわれは今、エンターテインメントという言葉を使って    とてもヤバイことをやってるのは、    本当のエンターテインメントをやってないからです。    とりあえず気持ちのいい、とりあえず気晴らしのものであって、    見た後、読んだ後、聞いた後に、ウンッていうふうに    気分が完全にガラッと変わるっていう芸能を    我々は知ってるのかなって疑問ですね。 ── すると、芸能というのは身体性と切り離せないと思ったんですけれど。    ただ、実写映画なら役者の体がどうしても写ってしまうけれど、    セルアニメはそこをどうするかが、難しいのではないですか。 富野 あのね、だから本当にやっかいだなと思ったのは、そのことなんです。    僕は結局アニメというものは表現媒体としては使えないから、    コンセプトを伝えるだけのものにしたっていうふうに落としたんです。    これはさっき言った意味で男の仕事ですよ。    これは本当はそうじゃなくて芸能のこういうところに    肉薄できたらいいんだけど、でもセルアニメでねっていうのは    これはこれであります。    僕は基本的に、セルアニメとかコンピュータでは無理だと思ってますから、    全部理念的にやるしかないと覚悟してます。    理念でやろうと思えばこそ、その理念が鬱屈した心情から出発したものでは    絶対にダメだと気をつけるようにはなりました。 ── 『ブレンパワード』では、コックピットから落ちそうっていう描写が    すごく多くありました。そういうシーンを設定することで、    つまりセルでも、登場人物の肉体を感じさせようとしたのかと思いましたが? 富野 そうです。基本はそうです。    だからそれをロジック的な所作のありようで、    描けないのかというふうに思っているわけです。    もっと言っちゃうと、    今回使っているフリュイドスーツなんかでもそうなんだけど、    あの永野君の馬鹿なデザインをいのまた君がOKしてくれるかな、と思ったら、    まんまでOKしてくれました。    だったら、これは使っちゃおうと思ったのは    セルで表現するときに身体性っていうのは、    あんなものでしか表現できないのかも知れないと思ったからです。    素っ裸を出すよりです。 ── でも、オープニングからして裸でした。 富野 だけど、それは今言った、    まさに理念的なブレインワークでやってるだけのこと。    基本は僕はフリュイドスーツのああいうボテッとしてるラインのほうが    体を表現するにはいいんじゃないのかと思ってるのがあります。    いろんなものを体に付けるというのは、体の誇示なんですよ。    完全に。    隠すんじゃないんです。    だから僕は、スカートっていうデザインを発明した女っていうのはすごいなと、    改めて思っています。    あれは股を隠すためにスカートが発明されたんじゃなくて、    足が割れていてお股があるんだよっていうことを想像させるために    あの形にしたんだって思っています。どこの民族を聞いても、    スカート的な腰に巻くっていうことをやっている。    着物にしてもそうですね。    だから、今のファッションっていうのは外面の問題言ってますよね。    でも、ファッションを外面の問題として捉えたときに    ファッションのコーディネートというのは失敗するんだと感じています。 ── エンディングについてもうかがいたいんですが、    荒木惟経さんの写真を使われたのが新鮮な驚きがありました。 富野 荒木さんはご存じの通りのカメラマンですが、    写真を撮るっていう技能を先天的に持ってらっしゃると思ってるんです。    そういう作品を、実を言えば一度側に置いてみたかった。    それだけのことです(笑)。    僕も20歳の頃にカメラマンになりたいと、思ったこともあったし、    かなり意識してカメラやってみたことあるんですよ。    で、僕にはできないということがわかったんです。    シャッターを切るのがいつも5秒遅いんです。    それで、写真になるフレームが採れないんです。    一度新宿で、荒木さんがカメラを持って歩いてるの見たことがあるんです。    その時にも荒木さんの写真の撮り方、タイミングを見て、    俺にはできないなと思ったんです。    荒木さんが、パッと見て写真にしちゃうっていうことは、    つまり、見たときに絵になるっていうことを見通せるっていう、    あの感度はなんなんだろうって思います。    エンディングに使わせていただいた花の写真は、    逆の意味でショックだったんです。    パッと見て撮るというのではなく、ここまでフィックスしていった場合に、    今度は光に関しての感度が素晴らしかった。    一度会いたかったというのが、ホントの話で、お願いにあがったんです。                         (インタビュー終わり)